裏日本観察学会総本部

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可睡斎(静岡県袋井市):3月4日

 日本八天狗といい、「愛宕山太郎坊(京都)、比良山次郎坊(滋賀)、鞍馬山僧正坊(京都)、飯綱三郎(長野)、大峰前鬼(奈良)、彦山豊前坊(福岡)、大山伯耆坊(鳥取)、白峰相模坊(香川)」が古くから知られているが、このうち現在でも天狗信仰としての命脈を保っているのは、鞍馬山ぐらいしかない。
 対して遠江国は全国でも珍しい天狗信仰が現代でも息づいているところである。先述した奥山半僧坊、後述する油山軍善坊、初山龍文坊。それ以外にも、春埜山太白坊、菊川火剣坊、無間山一寸坊、竜雲寺福天坊、森の大日山繁昌坊等、天竜の光明山利鋒坊、磐田三好坊、岩水寺地安坊・・・などなど、遠州の天狗に関する資料を調べただけでも、大小さまざまな天狗が伝わる。

20070306152739.jpg そんな遠州天狗の元締めともいえるのが秋葉山三尺坊だ。しかし神仏分離で別当の秋葉寺は廃寺(後に復興される)。秋葉台権現は秋葉神社と改称され、三尺坊は山上から秋葉寺の本寺であった可睡斎へと移された。そのため「秋葉総本殿」と名乗っている。
 権現信仰を守った可睡斎の功績は称えられるべきだろうが、しかし昨日登った秋葉の山並みの素晴らしさを思うと、「山の上にとどまっていたら、より天狗らしいのになぁ」と、名高き天狗三尺坊が里に祀られていることの理不尽さと、神仏分離という愚挙愚策に対する一層の腹立たしさを覚えた。
山号:萬松山
斎号:可睡齋(かすいさい)
宗派:曹洞宗

20070306153032.jpg法堂。本尊は聖観世音菩薩。この寺は珍しく寺号、院号ではなく斎号を名乗っているが、これは初めは東洋軒とあったのが、11代山主の仙麟等膳和尚が徳川家康の目の前で居眠りをしたところ、その無心な姿に快く思った家康が「和尚、寝るべし」と言った。そこから可睡斎と改称したという。居眠りをして褒められるという、のび太ならうらやむようなエピソードだろう。

20070306153334.jpg

座禅堂。

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本堂の左側にある大黒堂。
巨大な下駄が奉納されていた。

20070306153417.jpg秋葉三尺坊大権現を祀る御真殿。本地仏は聖観音。三尺坊は戸隠山出身の行者周国が、越後常安寺の三尺坊で修行し、飛行自在の法力を得たという。その後、秋葉山にとどまり神として祀られ、後世に火伏せの神、秋葉大権現として全国にその信仰は拡大した。
天狗が火伏せの神として信仰される例は多い。日本一の大天狗、太郎坊の鎮まる愛宕山も火伏せ信仰だ。『平家物語』に「太郎焼亡」、『方丈記』に「次郎焼亡」という名の大火が記されるが、中世、都では大火は天狗が引き起こすものと考えられていた。荒ぶる天狗を祀り鎮めることで火事を防ごうとしたのが、後世の防火神としての天狗信仰を形成していったのだろうか。

20070306153433.jpg20070306153446.jpg御真殿の石段、左右に置かれた天狗像。ただし、三尺坊の姿は所謂、山伏姿の鼻高天狗ではなく、顔は鳥。体は翼の生えた不動尊で白狐に乗った姿。これは長野県の飯綱山系統の信仰でよく見られる尊像。三尺坊は戸隠出身だから、飯綱信仰が秋葉山へと広まったのだろう。

20070306153503.jpg堂内の天井や梁には天狗面などが多く奉納されている。
正面には秋葉権現の真言として「オン ヒラヒラ ケンヒラケンノウ ソワカ」と書かれた札が掛けられていた。この真言は天台系修験では金毘羅権現の真言としている。いずれにせよ正式な密教経典には記されない、日本の修験者が創作した真言。つまり、「オン 毘羅毘羅 金毘羅天王 ソワカ」がなまったもので、江戸期では金毘羅も天狗信仰と結びついたので、秋葉権現の真言ともされたのだろう。

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書院玄関に飾られていた牡丹。可睡斎は牡丹の名所でもある。

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可睡斎納経朱印

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