裏日本観察学会総本部

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洲本城(兵庫県洲本市小路谷):2月17日

 洲本温泉街と大浜公園を抜けて三熊山ドライブウェイへと車を走らせる。洲本城は江戸期の行政の中心であった平城と、室町期に安宅氏が築城した山城に分けられるが、今回行くのは山城の方。特に古城ファンというわけではないが、自称“妖怪研究家”としてはどうしても行きたい場所だからだ。
20070220134426.jpg 山頂近くの駐車場に車を止め、天守跡を目指してしばらく歩く。幸いに雨は小降りとなってくれた。山の斜面を利用した石垣などが残っていて、山上によくもこれほどのものを作ったなと、昔の人の技術と努力に感心する。いったい、これだけの石をどこから運んできたのだろう。


20070220135401.jpg 天守跡には昭和3年に作られた摸擬天守が建っている。展望台を兼ねているが、お世辞にも立派というものではない。城だから天守閣が欲しいという気持ちは分からないでもないが、歴史的価値は下げているだろうな… とはいえ、少し離れて石垣から見上げる風景は、それなりに立派に見える。

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天守跡から大浜海岸や洲本市街を眺める。

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 わざわざ洲本城に足を伸ばしたのは、淡路一の化け狸「柴右衛門」の祠にお参りするためだ。
 柴右衛門は三熊山に住む狸で人間に化けては芝居見物をしていた。ある日、武士に化けて大坂にまで芝居見物に出掛け、道頓堀中座に千秋楽まで通い続けたが、運悪く犬に見つかって正体を現し打ち殺されてしまった。しかし中座ではそれ以降、客足が遠のいたので柴右衛門の霊を鎮めるため、舞台下に祀ったという。天保年間に著された竹原春泉の『絵本百物語』にも「芝右衛門狸」として紹介しているし、最近では京極夏彦が『巷説百物語』でこの昔話をモチーフとした短編を書いている。
 現在の祠は、昭和37年に中座にゆかりの深い片岡仁左衛門や藤山寛美らによって作られたもの。3体の狸像が置かれ、中央の像は寛美寄進という。しかし、松竹新喜劇の衰退や中座閉鎖の影響もあるのだろうか、少し荒れた雰囲気だった。ちなみに中座の芝右衛門明神は、跡地に建てられたセラヴィスクエア中座に今も祀られている。
 洲本には柴右衛門以外にも、息子の柴助、女房のお増など八匹の化け狸がいる。徳島には金長や六右衛門、讃岐には八島の禿、伊予には八百八狸総帥の隠神行部など名だたる狸がいて、各地に狸伝説が点在する。洲本の狸信仰も四国の影響を受けているのだろうか。
洲本八狸物語

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 天守から下り奥まった場所に八王子神社が建つ。正面鳥居をくぐって山道を少し下りると小さな祠が並んでいる。伊勢・大原・平野・松尾など十二社が祀られていて、それぞれ干支の額が掛けられていた。さらに道を下りると芝右衛門の祠を発見。こっちの方が古いようだが、信楽焼の小狸が置かれていた。その近くに八王子の祠が建っている。巨大な岩に挟まれた形で、磐座を思わせるようだ。



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 さて、この日の宿泊は高田屋嘉兵衛ゆかりの地、五色町の川長旅館。都志川河口付近に建つ旅館で、独特の外観をしている。さらに室内に入ればへんてこな壁画に、古道具屋を思わせるような古民具の数々。
 つげ義春の作品に『枯野の宿』という短編がある。雨に降られた男が安宿に逗留すると、部屋一面に稚拙な絵が描かれていた。そしていつの間にかその絵の世界に吸い込まれていく…。部屋に入った途端そのシーンを連想させた。
 お風呂は小さい沸かし湯ではあるが温泉で、湯に漬かると体がヌルヌル・スベスベする。風呂から上がって楽しみの夕食。たこしゃぶにたこ刺し、酢だこ、たこ飯とたこ尽くし。かぶと焼きやふろふき大根などもついて大満足。ついつい飲み過ぎてしまい、ふとんで横になり本を読んでいたら、いつの間にか寝てしまった。
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