裏日本観察学会総本部

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城山稲荷神社・出石城(兵庫県豊岡市出石町):1月28日

 温泉から出ると、あまりにも天気がいいものだから久しぶりに出石稲荷にお参りする。市街地に再び戻り出石城跡の駐車場に行くと、日曜日だけあってかなりの観光客であふれていた。

20070202144313.jpg 出石城は但馬守護の山名氏の有子山城を小出吉英が廃城し、山麓に新たに築いた城。小出氏断絶後は、信州上田より仙石氏が入封した。江戸時代の但馬では唯一の城郭。

20070202144214.jpg 城山稲荷神社は出石城内に建つ神社で伏見稲荷からの分霊。江戸期では初午に限って特別に城を開放し庶民の参拝を許したので、城下や但馬のみではなく丹後・丹波からも参拝者が訪れたので「三たん一の大祭」と称された。
正面鳥居

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 参道の鳥居から隅櫓を望む。城の周囲は修復工事か発掘調査をしているらしく、いたるところを掘り返していた。参道途中に本丸跡がある。

20070202143905.jpg 本丸跡に建つ感応殿。明治期に仙石氏の旧臣が建立した社で、小諸藩主で仙石氏祖、仙石秀久を祀る。後で調べたらあの石川五右衛門をとらえた人物とされる。
 社殿脇には「出石そば発祥の由来」の真新しい石碑が建っていた。仙石政明が上田から出石へと国替えの際、そば職人を連れてきたのが始まりだと記される。

IMG_1538.jpg

「南無妙法蓮華経」と記された感応殿の扁額。

20070202144203.jpg
 再び参道への石段を上ると稲荷神社の建つ稲荷郭に着く。手水舎は有子山の湧き水を引いているらしく大変冷たい。
 以前の境内は木がもっと多かったように思ったが、なんだか閑散とした様子だった。数年前の台風の影響だろうか。

20070202144031.jpg 20070202144017.jpg 20070202144127.jpg
出石城からの展望と、参道にまします石仏2体。一方はサイケな化粧がほどこされていた。


20070202144227.jpg 参道を下りて城のすぐ東隣に建つ諸杉(もろすぎ)神社へお参り。祭神は多遲摩母呂須玖神(たぢまもろすくのかみ)で、但馬建国の神である天日槍神の嫡子。社名諸杉は「もろすく」の転訛。


 さらに東へと歩くと経王寺に着く。仙石氏の菩提寺で境内には沙羅双樹の木がある。
 ちなみに日本で沙羅双樹と呼んでいるのはツバキ科のナツツバキのことで、仏典に書かれるものはフタバガシ科のサラノキ(インド名:シャーラ)のことで、日本では育たない。円錐花序なのでナツツバキとは白色以外共通点はないのだが、なぜだか混同された。
 経王寺の鐘楼は隅櫓風に造られていて、一見すると城郭のようだ。
20070202144238.jpg 20070202144250.jpg
山号:一乗山
寺号:経王寺
宗派:日蓮宗

 そばを食べようと、それもいつも行く店ではなく新しい店を開拓しようと思ったのだが、観光客でどの店、どの店もいっぱいで結局、いつもの店に行く。市街地からちょっと離れた「辰鼓楼」は小さな店だが、だしが美味しく、また箸休めにたくあんと昆布の煮物を付けてくれるのがうれしい。いつもなら20枚近くは頼むのだが、今日はちょっと食欲がないので15枚で辛抱する。

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