裏日本観察学会総本部

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玉造稲荷神社(大阪市中央区) 1月20日

IMG_1455.jpg 森之宮からしばらく南に歩き、西へ入ると玉造稲荷神社へと着く。『日本書紀』仁賢天皇六年秋九月に「難波玉作部鯽魚女(なにはのたまつくすりべのふなめ)」の伝承があるが、その難波玉作部の郷が当地だという。
 起源は垂仁天皇十八年に創建され、聖徳太子が物部守屋と戦に勝利を祈願して箸を立てたところ、そこから若葉が生えたとの伝承がある。後に豊臣・徳川によって稲荷として信仰され、大阪城の鎮守と位置付けられた。
正面鳥居

IMG_1449.jpg 祭神は宇迦之御魂大神と、下照姫命、雅日女命、月読命、軻遇突智命。社殿は真新しい朱が目にまぶしい。境内には古代の家を模した玉造資料館があった。
拝殿

IMG_1454.jpg
資料館

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左から順に末社の厳島、万慶稲荷、新山稲荷神社

20070121224047.jpg豊臣秀頼の胞衣(えな)を祀る胞衣塚(よなづか)大明神。
夜泣きに御利益があるという。


20070121224056.jpg豊臣氏が奉納した鳥居だが、
阪神大震災で倒壊したという。


20070121224149.jpgかつて境内にあった観音堂は大坂三十三ヶ所の十番札所だった。
正面鳥居の脇にそれを物語る石碑が建てられている。


20070121224216.jpg
玉造稲荷神社納経朱印

20070121224412.jpg表参道から真っすぐ南に歩くと、道の真ん中に木が立っていた。小さな祠もあったので、何か理由があって残されているのだろう。

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