阪急梅田駅ビルにある紀伊国屋書店の西側に「地蔵横丁」という一角がある。
その横丁の最南端に「北向地蔵尊」は鎮座されている。駅ビルの中に静かにたたずむお地蔵様は、道行く人々を見守っておられるようだ。
この地蔵尊は、明治24年に仲谷弥三兵衛が畑仕事の最中に掘り出し、2年後に弥三兵衛によって、北向きに祭られたという。

ビルの中にお祭りされる北向地蔵尊
「北向」と称する地蔵尊は各地にお祭りされるが、なぜ北なのだろうか?
支那では「王者南面」といい、皇帝や王侯は北を背にして南を、家臣は北を向く形で王宮が作られる。日本も、この様式を受け継いでいるので御所は南向きに作られる(「北面の武士」はここからきている)。だから、京都では東が右京、西が左京になる。
北を向く仏壇を良しとしないのも、仏や先祖を下座に置くのは無礼だからという、気遣いから生まれた考えだが、この由来を知らないととんでもない迷信に堕してしまう。
であれば、地蔵尊は上座に座られず、あえて人間の下座に位置されて、衆生済度のために奔走されているのではないだろうか?
| Home |

