裏日本観察学会総本部

「どうでもいい」と見過ごされがちなニュースや出来事、面白ネタに雑学、2chネタなどを観察します

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

お彼岸のお話

今日は春分の日なので、「お彼岸」の由来について再度書きたいと思います。

 さて、「彼岸」ですがこれはサンスクリット(梵語)の「pa(-)ramita(-)」の訳語である「到彼岸」の略であり、パーラミーターを音写したものが「波羅蜜波羅蜜多(はらみた)」です。迷いの多きわれわれの世界を「此岸(しがん)」、つまり“此の岸“というに対して、悟りの世界を“彼の岸”と表現します。

 春分・秋分の日に仏事を営む風習は日本独自のもので、『日本後紀』第十三「大同元年三月辛巳」に、早良親王(崇道天皇)の鎮魂のために諸国の国分寺で「春秋二仲月別七日、金剛般若經を讀ましむ」とあるのが初見とされます。

 春分・秋分の両日は太陽が真東から昇り、中天を通って真西に沈む日ですが、インドでは東は過去(因)を、西は未来(果)を象徴する方位とされます。そのため、善導(唐代:支那浄土教の大成者)は『観経疏』「定善義」において、春秋において真西に沈む夕日を観ながら、阿弥陀如来のまします西方極楽浄土を観想し、往生を願う「日想観」が説かれます。この考えが春分・秋分の仏事に由来するといわれます。また、仏教伝来以前からある太陽信仰に基づく日ともされ、「ひがん」も「日願」に由来するという説もあります。つまり、豊穣を祈り、また祝うため、神である祖霊を祀るという信仰がこの両日には既に行われており、そこに仏教と習合して、仏事・作善を行うことで荒ぶる御霊を鎮魂するという、先祖祭りとしての“彼岸”が形成されたともいわれます。

 いずれにいたしましても、日常の生活に追われて、普段見過ごしがちな仏事・作善を行う良いきっかけになる“彼岸”という行事は、仏教の日本化・民衆化を如実に体現した日ではないでしょうか。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。