裏日本観察学会総本部

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裏日本観察学会突撃巡礼隊in福岡

祐徳稲荷参詣の翌日は、いつものように単身の突撃巡礼となりました。

 まず第一の目的地は宗像大社。博多駅からJR鹿児島本線の快速電車に乗り、東郷で下車します。適当なバスが無かったのでタクシーで向かうことにしました。この日は黄砂が激しく、景色もなんだか黄色っぽいでした。運転手さんの話ではこのあたりの道は、正月ともなると初詣客で埋まり、車が全然動かなくなるとのことですが、普段はのどかな田舎道です。そんな周囲には田畑しかないこの地に、突如として広大な駐車場と巨大な祈願殿が見えます。ここが宗像三神(田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神)の総本宮ともいえる、宗像大社です。
 さわやかな空気に包まれた本殿の前に立ち、神前に読経を奉げます。その後、周囲に末社を一つ一つ拝します。どうやら宗像郡(むなかたごうり)の主要神社が勧請されているようです。さらに神さびた森を歩み沖津宮・中津宮を勧請した第二宮・第三宮を参詣します。ここは神明造でした。
 ここ本宮(市杵島姫神)だけでなく、沖津宮(田心姫神)が沖ノ島に、中津宮(湍津姫神)が大島にと海上に社があり、総称が宗像大社です。大陸系の文化交流が盛んな地であって、古代史においても重要な出土品が発掘されています。

 さて、宗像大社からしばらく歩き、今度は鎮国寺へと足を運びます。このお寺はかつては宗像大社の神宮寺であり、また唐から帰朝した弘法大師が建立したと伝わるところです。少し小高い山に建っています。産道の石段の両脇にはツツジが咲き誇っていて、花のお寺という雰囲気が漂います。山門をくぐると馬の鞍の脇にぞうりと下駄を履いた男の石造があります。この地に伝わる武丸正助の像でした。馬の苦労を思い自ら鞍を担いだ、下駄を履けという父親と、ぞうりを履けという母親の両者の言うことを聞くために、片方ずつ掃いたという話は有名です。
 境内の大きなお堂は不動尊がお祀りされていました。「たしか鎮国寺の本尊は宗像大社の本地五仏のはずだったがな」と思いながらも読経し、納経朱印をいただくと「本尊大日如来」と記されます。「おかしいな…」と思いつつそのお堂を退き脇に建つ小さなお堂を拝すると「本堂」と記されています。どうやら、お堂の大きさで勘違いしていただけでした。本尊は釈迦如来(市杵嶋姫神)・大日如来(湍津姫神) ・薬師如来(田心姫神)の宗像三神と如意輪観音(織旗大明神)・阿弥陀如来(許斐権現)の二神の本地仏五尊です。文化財調査のためじっくりとご本尊を拝することがかないませんでしたが、その大きさに比べて少しお堂の狭いように感じました。

 宗像大社へと戻り、そこでタクシーを拾います。次の目的地は宮地嶽神社です。細い峠道を抜けて20分ほど走り福津市へと入ります。この地名は最近の合併で生まれたもので、元は福間町と津屋崎町でしたが、安直な合成地名なためかあまり聞いてもいい発音ではないように感じました。とはいえ運転手さんの話では先の宗像市の現市長が、中国への視察旅行中に急死され、宗像市も合併問題でかなり頭を悩ませていたといいますから、部外者が無責任な発言をするのは控えたほうがいいかもしれませんね(もう遅いか…)。
 宮地嶽神社の本殿には巨大な注連縄が張られています。ご祭神は息長足比売命(神宮皇后)と勝村大神・勝頼大神の三柱。ちょうど、宮参りの真っ最中で力強い太鼓の音が響いていました。
 本殿での神前法楽の後に、奥宮八社を参詣します。八社とは七福神社・不動神社・万地蔵・濡髪明神・淡島明神・三宝荒神・薬師神社・稲荷神社です。特に不動神社は石室古墳そのままを神殿としている、少し例のない神社です。また、不動尊・地蔵菩薩・三宝荒神・薬師如来というように仏尊がお祀りされているのも特徴的で、各社には神式祭具のほかに磬子や木魚・香炉なども置かれています。でもことさら神仏習合などと上段に構えるよりも、ごく当たり前の日本人の信仰観が、そのまま形になったという雰囲気でした。この日はボタンも満開でした。この花は富貴花・百両金の異名を持っていますから、なんだか金運に恵まれそうな気がします。…って少し図々しいかな。

 今度は西鉄電車に乗って香椎宮へと向かいました。年代モノの車両のためか、電車とは思えないほどのすさまじいモーター音を鳴り響かせて走ります。ガタガタと激しく揺れる電車に乗ると、いかにも一人旅をしているなと逆にうれしくなるのは、鉄っちゃんの宿命かもしれませんが…
 香椎宮前駅を降りて南にしばらく歩くと、池が見えてきます。大鳥居をくぐり丹塗りの楼門を抜けると、仲哀天皇と神功皇后を祀る本殿です。先の宮地嶽神社もそうですが、ここにも神功皇后が祀られています。『日本書紀』の三韓征伐に基づくものでしょうが、かつては聖母菩薩(しょうもぼさつ)とも呼ばれ安産の神、または海の神としての信仰とも結びついた皇后です。そのように思いながら境内を歩むと、勇ましい故事とはうらはらに、なんだか優しく包み込んでくれるような、そんな社頭でした。
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