女王陛下から、絵本などに登場する「トマトっぽい先のとがった桃」を見たことがない、とのメールを頂戴しました。確かに、絵本に限らず桃屋やバーミヤンのロゴマークも先のとがった桃ですが、実際に目にするモモは丸い形ばかりです。こういうことが気になると、調べないわけにはいきません。
さて、まず『家紋大図鑑』(秋田書店)から調べてみましたが、紋に描かれる桃もすべて先のとがったタイプです。ということは、伝統的絵画表現であるということですね。
次に『日本の国宝』(朝日新聞社)90号の巻末コラムに「不思議なピーチ」と題して、桃模様について解説されていました。そこに桃饅頭に対して「これは中国系の先の尖った桃でなくてはならない」と一文がありました。
さっそく「中国桃」で検索を掛けてみると、なるほど先のとがった桃です。
http://gpb.bjpg.gov.cn/wz/xspt_ncp_nr.asp?id=31

支那の伝統的絵画表現の影響が、現在でも生き続けている証拠ですね。
しかし、なぜ丸い形よりも実際に目にしない先のとがった形の方が図像化され続けてきたのでしょうか?
そもそも、モモを神聖視する思想は古く、西王母が植えたという3000年に一度実をつける仙果がモモとされ、それは不老不死の霊薬と考えられていました(『西遊記』で孫悟空が盗み食いした話は有名です)。ただし、現在のような大型の果実は18世紀以降の改良種で、当時はアンズ程度の大きさと考えられています。さらに漢名では桃(tao2)・李(li3)・梅(mei2)・杏(xing4)の総称は「某(mou3)」であり、“酸っぱい果物”の意味でした。某は母と木の合字であり、同じく梅・杏も母と木の合字です。李は子と木であり、桃は兆と木。「兆」は“(母となる)きざし”の意味で妊娠を表します。ですから某と称される果物はすべて出産・生育を象徴します。だからこそ、つわりに効果のある“酸っぱい果物”が神聖視されたのでしょう。
桃は鬼(gui3)を除けるとされますが、鬼は日本的な怪物の「おに」ではなく、死者のことです。桃の持つ、生み出す力で滅びる力に対抗しようとしたのでしょう。この思想は日本にも伝わり、『古事記』にも「桃子三箇取(ももノミみつと)らして、待(ま)ち撃(う)て者(ば)、悉坂返(コトゴトさかかへ)りつ」とあるように、イザナギノミコトが黄泉津国の軍勢を退けるのに使っているし、宮中で用いる「卯杖」はモモの木です。
さて、このようにモモは神聖ですが、仏典にも「吉祥果」という果実が説かれます。孔雀明王や鬼子母神などが持つ果物で一説には桃李に似るともあります(ちなみに、鬼子母神が持つザクロは吉祥果の代用であったのが、いつのまにか吉祥果=ザクロと誤解されたから)。李はスモモのことですので、こちらの方がよりとがった形です。もともと、モモ(桃)・スモモ(李)さらにはアンズ(杏)・ウメ(梅)も一つとして考えていたのであれば、図像的に両者が混同されていたとしても不思議ではないでしょう。
またあくまでも私見ですが、仏典には如意宝珠と呼ばれる珠が説かれます。その名の通り「意の如く」に願いをかなえる宝珠ですが、梵語ではcinta′maniといい、竜王の頭にあるとも、釈尊の遺骨ともされます。どんな願いもかなえてくれる不思議な力を有するところから、転じて仏の慈悲の象徴であり如意輪観音や地蔵菩薩なども手にしています。この宝珠も丸に先がとがった形です(寺社の屋根や欄干飾りに使う擬宝珠は、この“宝珠に似せたもの”の意味です。あのタマネギのような形を想像してください)。西王母ももともとは西域民族が神仙視されたものですので、西に対する神秘観がモモへ影響しているとも思います。
モモの力に、宝珠の姿を重ね合わせたのかもしれません。だから先がとがったモモの方が、より神聖なのではないでしょうか。
【参考】
『園芸植物大事典』(小学館)
『古事記』(日本思想体系:岩波書店)
『密教大事典』(法蔵館)
【サイト】
・ルービックキューブ簡単6面完成法
・80年代の懐かし画像集
懐かしい物やそうでない物、今でも見かける物までさまざまです。
・現代温泉マーク(連れ込み旅館)事情 (まぼろしチャンネル)
まだまだ、現存しているのですね。
【妖怪】
妖怪そっくりコン:2人受賞、水木さんも絶賛
昨日の記事よりも画像がハッキリしています。
【奇跡】
・インド、神々の像がミルク飲む「奇跡」
またインドか!
・チョコレート工場で小さなマリア様出現 米国
アメリカでも!
【動画】
公共広告機構のトラウマCMを集められるだけ集めてみようの巻
【2ch】
・北朝鮮の海水浴場 (痛いニュース)
・男が読める少女漫画 (日刊スレッドガイド)
『パタリロ!』なら全巻そろえています。
・これ考えた人・やった人って何気に凄い (ニュー速クオリティ)
何気に36が好き。
さて、まず『家紋大図鑑』(秋田書店)から調べてみましたが、紋に描かれる桃もすべて先のとがったタイプです。ということは、伝統的絵画表現であるということですね。
次に『日本の国宝』(朝日新聞社)90号の巻末コラムに「不思議なピーチ」と題して、桃模様について解説されていました。そこに桃饅頭に対して「これは中国系の先の尖った桃でなくてはならない」と一文がありました。
さっそく「中国桃」で検索を掛けてみると、なるほど先のとがった桃です。
http://gpb.bjpg.gov.cn/wz/xspt_ncp_nr.asp?id=31

支那の伝統的絵画表現の影響が、現在でも生き続けている証拠ですね。
しかし、なぜ丸い形よりも実際に目にしない先のとがった形の方が図像化され続けてきたのでしょうか?
そもそも、モモを神聖視する思想は古く、西王母が植えたという3000年に一度実をつける仙果がモモとされ、それは不老不死の霊薬と考えられていました(『西遊記』で孫悟空が盗み食いした話は有名です)。ただし、現在のような大型の果実は18世紀以降の改良種で、当時はアンズ程度の大きさと考えられています。さらに漢名では桃(tao2)・李(li3)・梅(mei2)・杏(xing4)の総称は「某(mou3)」であり、“酸っぱい果物”の意味でした。某は母と木の合字であり、同じく梅・杏も母と木の合字です。李は子と木であり、桃は兆と木。「兆」は“(母となる)きざし”の意味で妊娠を表します。ですから某と称される果物はすべて出産・生育を象徴します。だからこそ、つわりに効果のある“酸っぱい果物”が神聖視されたのでしょう。
桃は鬼(gui3)を除けるとされますが、鬼は日本的な怪物の「おに」ではなく、死者のことです。桃の持つ、生み出す力で滅びる力に対抗しようとしたのでしょう。この思想は日本にも伝わり、『古事記』にも「桃子三箇取(ももノミみつと)らして、待(ま)ち撃(う)て者(ば)、悉坂返(コトゴトさかかへ)りつ」とあるように、イザナギノミコトが黄泉津国の軍勢を退けるのに使っているし、宮中で用いる「卯杖」はモモの木です。
さて、このようにモモは神聖ですが、仏典にも「吉祥果」という果実が説かれます。孔雀明王や鬼子母神などが持つ果物で一説には桃李に似るともあります(ちなみに、鬼子母神が持つザクロは吉祥果の代用であったのが、いつのまにか吉祥果=ザクロと誤解されたから)。李はスモモのことですので、こちらの方がよりとがった形です。もともと、モモ(桃)・スモモ(李)さらにはアンズ(杏)・ウメ(梅)も一つとして考えていたのであれば、図像的に両者が混同されていたとしても不思議ではないでしょう。
またあくまでも私見ですが、仏典には如意宝珠と呼ばれる珠が説かれます。その名の通り「意の如く」に願いをかなえる宝珠ですが、梵語ではcinta′maniといい、竜王の頭にあるとも、釈尊の遺骨ともされます。どんな願いもかなえてくれる不思議な力を有するところから、転じて仏の慈悲の象徴であり如意輪観音や地蔵菩薩なども手にしています。この宝珠も丸に先がとがった形です(寺社の屋根や欄干飾りに使う擬宝珠は、この“宝珠に似せたもの”の意味です。あのタマネギのような形を想像してください)。西王母ももともとは西域民族が神仙視されたものですので、西に対する神秘観がモモへ影響しているとも思います。
モモの力に、宝珠の姿を重ね合わせたのかもしれません。だから先がとがったモモの方が、より神聖なのではないでしょうか。
【参考】
『園芸植物大事典』(小学館)
『古事記』(日本思想体系:岩波書店)
『密教大事典』(法蔵館)
【サイト】
・ルービックキューブ簡単6面完成法
・80年代の懐かし画像集
懐かしい物やそうでない物、今でも見かける物までさまざまです。
・現代温泉マーク(連れ込み旅館)事情 (まぼろしチャンネル)
まだまだ、現存しているのですね。
【妖怪】
妖怪そっくりコン:2人受賞、水木さんも絶賛
昨日の記事よりも画像がハッキリしています。
【奇跡】
・インド、神々の像がミルク飲む「奇跡」
またインドか!
・チョコレート工場で小さなマリア様出現 米国
アメリカでも!
【動画】
公共広告機構のトラウマCMを集められるだけ集めてみようの巻
【2ch】
・北朝鮮の海水浴場 (痛いニュース)
・男が読める少女漫画 (日刊スレッドガイド)
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何気に36が好き。
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